“デジタル表現は、人間になりたいともがくレプリカントなのかな。”
—
上は、学校にいたころに教わっていた先生のブログ記事からの引用です。
私も上の意見に、同感です。
デジタルを、リアルの再現として使った場合には、まさしくそうと言えると思います。
ですが、果たして、デジタルはリアルのレプリカントだけで終わってしまうのでしょうか?
私は以前、いかにデジタルでアナログっぽく見せるか、を考えて作品製作をしていました。
そもそも、デジタルで作品製作を始めた動機が、何度もやり直しができる、色も後からいくらでも変更できる、などといった、物理的制限を感じなくて済むという理由からでした。無精者もいいところです。
その手軽さからか、当時は、デジタル作品はリアルには劣っていると考えていたので、少しでも価値がありそうに装うために、リアルなマチエールを出すことを執拗に追求していました。
しかし、作品をつくっていくうち、デジタルの奥深さに気づきはじめた私は、デジタルをリアルと同一のものとしようとする姿勢に、疑問を持ちました。
デジタルをリアルに近づけようとするばかりでは、いつまでもリアルよりも劣る物にしかなりえないと気づいたからです。
そこで、「デジタルはアナログ手法で困難なことが簡単にできてしまう」のではなく、「デジタルにしかできないことをやろう」と考えることにしました。
たとえば、1ピクセル単位での細密な表現や、フラットな塗り、写真を通してリアルを無制限に取り込むことができること、などは、デジタルにしかできません。
ひっくり返せば、それらは弱点でもなりうるのですが。
今では、デジタルは本当に進歩して、リアルの再現の質が、より高まっています。
ですが、デジタルである限りは、行き着いても、バーチャルリアリティでしかない、と私は思います。
”デジタルは確かに、リアルを追求することはできる。
しかし、同一のものとはなりえない。”
今では、そのことを念頭に入れて、製作をしています。
「リアルを取り込み、いかにデジタルのアドバンテージを引き出すか」それが、デジタルで作品を作る者としての、私の課題の一つです。
